東京高等裁判所 平成4年(ネ)2949号 判決 1993年1月25日
控訴人
株式会社ジェンキン アソシエイツ インターナショナル
右代表者代表取締役
エイドリアンジョン ジェンキン
右訴訟代理人弁護士
今出川幸寛
被控訴人
株式会社ゲートウエイ
右代表者代表取締役
平尾信義
右訴訟代理人弁護士
伊藤憲彦
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 当事者の求めた裁判
(控訴人)
1 原判決中控訴人敗訴の部分を次のとおり変更する。
被控訴人は、控訴人に対し、金九一七万九一九六円及びこれに対する平成二年八月三日から支払い済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
3 仮執行宣言
(被控訴人)
本件控訴を棄却する。
二 当事者の主張
当事者双方の主張は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する(ただし、原判決三枚目裏一〇行目から一一行目にかけての「不当利得の返還請求としての前記過払いの請負代金七六万一三一五円及び」と、同四枚目表一行目「の合計九九四万〇五一一円」をいずれも削る。)。
(控訴人)
1 本件契約のような継続的請負契約においては、当事者間の信頼関係が著しく破壊され、当事者の一方が著しい不安感、経済的損失を含め多大な犠牲を強いられ、そのため以後契約を継続させることが著しく正義に反するような場合には、その当事者は、他方に対し、無催告で契約の告知ができるものとする一般の商慣習(控訴人と外資系の会社である訴外会社との間にのみ存する特殊な慣習ではない。)が存在する。
2 被控訴人は、全契約期間八か月のうち六か月にわたり、作業時間を水増しし、これによって正規の請負代金一六九七万八三七九円の約26.7パーセントである四五三万二二九六円を過大に請求し、受領したが、右不正行為は、訴外会社にとってみれば控訴人自身の不正行為と何ら異ならないので、同社は控訴人に対し、右商慣習により無催告で請負契約を告知することができる。
3 訴外会社は、控訴人に対し、平成二年二月一四日到達の意思表示により本件請負契約の告知をし、よって控訴人において本訴請求にかかる損害が発生した。
(被控訴人)
1 控訴人主張1、2の商習慣が存在することは不知。同3の意思表示については不知、その主張は争う。
2 被控訴人は、控訴人と訴外会社間の契約の内容について本件訴訟係属まで知らなかったし、控訴人主張の得べかりし利益は、通常生じうべき損害ではなく、被控訴人が予見し、又は予見することができた損害でもないから、相当因果関係はない。
三 証拠<省略>
理由
一当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないと判断する。その理由は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これをここに引用する。
1 原判決五枚目表四行目から五行目へかけての「無定量な要素があった」を「予測が困難なため未確定であった」と改め、同裏二行目の「要望したり、」の次に「作業者らと打合わせをするための大阪への」を加え、同四行目の「各作業者が持ち帰り仕事に費やした時間を」を「各作業者がその所属会社で本件作業の一部をすること、そこでの作業時間を」と改める。
2 原判決六枚目表八行目から九行目へかけての「持ち帰り仕事に費やした時間」を「所属会社での作業に要した時間」と改め、同九行目の「作業時間」の前に「実働」を加え、同一〇行目の「作業時間」から一一行目の「作業時間に」までを「実働作業時間に」と、同裏五行目の「報告して、」から六行目の「算定して、」までを「報告し、またこれに前記の作業者ごとの各約定単価を乗じて請負代金を算出し、」と、同七行目の「右のような請求」を「右のように加算された請求」とそれぞれ改め、同行目の「各作業者の」の次に「各月の」を加え、同八行目の「信じた原告は、右の間にこれに応じて請負代金」を「信じ、右の間に各請求に応じ、請負代金合計」と、同九行目の「これを」を「右請求にかかる加算された作業時間を」とそれぞれ改める。
3 原判決七枚目表三行目の「検討すると、先ず、」を「検討する。」と改め、同四行目の「本件請負契約」以下を改行してその前に「1」を加え、同七行目の「いうことはできないから、」から同末行の末尾までを「いうことはできない。」と改める。
4 原判決七枚目裏一行目の冒頭から同八枚目表八行目の末尾までを次のとおり改める。
「2 <書証番号略>、証人永井涼一、同足立俊二の各証言によれば、訴外会社が平成二年二月一七日ころ、控訴人に対し、右元請契約を解除する意思表示をしたことが認められるので、右解除の効力につき検討する。
右両証人の証言によれば、右元請契約は、タイムチャージ制を採っているが、注文者が実際に実働時間のチェックを行うことは予定されていない(これらの点は、本件請負契約と同様である。)のであるから、請負人である控訴人及び控訴人が本件作業遂行のため履行補助者として使用する関係者が、作業に要した実働時間数を正直に報告することを前提とし、かつ、実際に報告が正直に行われることへの信頼を基礎として成り立つものであるということができ、その意味では、各種の契約関係のうちでも当事者間の信頼関係に依存する程度の高い契約であるといってよい。
しかしながら、当事者間の信頼関係に依存する程度が高い契約であっても、双務契約の当事者の一方に債務不履行(履行不能の場合を除く。)があった場合、他方は、相当の期間を定めてその履行を催告(本件に即していえば、この場合の催告とは、今後の同旨の行為の中止と従前の不当な請求によって控訴人の受けた利得の返還の催告ということになる。)するのでなければ、当該契約の解除をすることができないのが原則であり(もとより、解除できないということは、何らの損害賠償の請求もできないということを当然に意味するわけではない。)、右元請契約の解除につきこれと異なる解釈をすべき特別の事情があったことについては、何ら立証がない。したがって、右のような催告なくしてされた訴外会社の前記解除は民法上有効な解除であるとはいえない。
この点に関し、訴外会社社員である足立俊二は、「代金の不正請求があった以上、その原因がどこにあるかにかかわらず、以後の損害発生を防止すべく、不正請求が二度と起こらないようにする手段、すなわち、直接の請負業者との契約関係を切ってしまうというのが、普通の常識的な企業として取りうる唯一の選択」であり、そのような場合、控訴人としては「直ちに証拠をもって身の潔白を証明できなければ、黙って潔く契約関係から身を引く」のが当然であると陳述している<書証番号略>が、これは、この種の業界においては道義的規範の方が法律規範よりも一段と厳しいことを語っているにとどまるものと解される。
3 控訴人は、本件契約のような継続的請負契約において、信頼関係を著しく破壊する行為があり、これによる他方当事者の損害が大であって、契約の継続が著しく正義に反するような場合には、その当事者は、無催告で契約の告知ができるものとする商慣習が存在する旨、訴外会社は右商慣習により控訴人との間の元請契約を告知し、これによって控訴人に損害が生じた旨、主張する。
しかし、証人永井涼一、同足立俊二の各証言によれば、右元請契約締結当時において、本件作業に要する期間については、少なくとも一年程度と見込まれていたことは認められるものの、その正確な予測は困難であったのであり、右元請契約が当初から長期の、例えば一年といったような期間を予定した継続的契約として締結されたものとはいえず、同契約が解除されなかったならば、本件作業終了後も訴外会社から引き続き仕事の注文があったであろうことは窺われるけれども、それが確定的な契約関係として予定されていたことを認めるに足りる証拠はない。
そして、控訴人主張の慣習については、その存在を認めるに足りる証拠はないのみならず、本件における訴外会社に対する、前示二のような控訴人の行為が、そのいうところの「商慣習」において無催告の告知を当然になしうるという程度の背信性を有するものといえるかについても疑問がある。その他本件無催告告知を有効とさせるような特段の事情を認めるに足りる証拠はないから、民法九二条所定の要件の具備の点につき検討するまでもなく、右主張は採用できない。
4 以上によれば、右元請契約の解除に伴い控訴人が、右元請契約が存続していたとした場合の今後の得べかりし利益の喪失という損害を被ったとしても、右損害と被控訴人が本件請負契約の履行のために使用した者の所為との間の相当因果関係を認めることはできないといわざるをえないのであり、控訴人は、被控訴人に対し、使用者責任に基づく損害賠償として右損害の賠償を求めることはできないというべきである。」
二よって、控訴人の右損害賠償請求を棄却した原判決は正当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤滋夫 裁判官 伊東すみ子 裁判官 水谷正俊)